修学旅行で、女湯にニヤニヤ乱入してきた馬鹿共がいたらしい。処分があったかは知らない。
女湯を覗くのが娯楽である側は覗かれる側の恐怖や羞恥やトラウマなんかしったこっちゃないんだろうし、それを色んな創作からお楽しみとして学んだであろうことは分かる。
というよりは、女性の場合は、「子供のころからエロ系のコンテンツに悪影響受けてきたんだろうな」って男児・男性からセクハラや性加害を受けたという体験が大きいと思います。
私の場合は、3~4才で5~6才の男児に下半身脱がされ性行為の真似事をされるという直球の性加害をくらいましたが、男児はどこでそんなことを学んだのか?誰の真似をしたのか?
親の性行為を見てしまった可能性もありますが、アダルトコンテンツの可能性もあります。
小学校ではまだスカートめくりという文化がありました。「まいっちんぐマチコ先生」(もっとさかのぼればハレンチ学園)の影響がまだ残ってる時代だったんです。
中学のときは、エロ影響を受けまくっておかしくなっていた男児が、黒板いっぱいに卑猥な落書きをし、エロ漫画のエロシーンを広げて、女子生徒を追いかけまわす遊びをしてました。当然セクハラです。
高校のときは、修学旅行で風呂を覗かれました。生徒たちは先生からの注意で終わりました。
覗きって当時はたいして悪いことだとされていなかったんです。
さて。子供や少年たちは、どこで、そういった行為を覚えて、それが本当に悪いことではなく「ちょっと悪いかもしれないが、それ以上に楽しい遊び」として実行するに至ったんでしょうか。
親や先生が教えるわけないですね。兄貴や友人でしょうか。その兄貴や友人はどこで学んだんでしょうか。
子供のうちは、漫画やアニメやゲーム、お笑いやバラエティ、中高生になるとドラマや雑誌(当時は)、アダルトコンテンツをこっそり見ていく。
結局はそういうところで学んで、現実の女子・女性相手にやってしまう。
少年漫画では、「旅行のお風呂回・温泉回」といえば「覗き」がセットのお色気サービス回でした。そういうコンテンツに触れて育った少年が、「修学旅行のお風呂=覗きイベント」だと考えるのは「自然」だったのでしょう。私の母校(一応進学校です)の男子生徒はそうして実行したわけですね。
よく、フィクションのエロ表現の規制の話になると、「フィクションと現実の区別がつかないのか」と揶揄する男性がいますが、それは逆です。
「フィクションと現実の区別がつかない加害者がいて、実際にそういう加害者から被害を受けてきた」から言っているわけです。
今はネットで親の監視下から外れたエロコンテンツを見ることが、昔よりも容易になったと思いますので、なおさら注意が必要でしょう。
私は法規制には絶対的に反対であり、それは今も変わらないです。
ただし、子供のうちから男性に都合の良い快楽だけに絞ったエロコンテンツを見せると、当然子供の性に関する認識、女性に対する認識もゆがみます。
それは上記のように、加害者と被害者を生み出します。
性など無いかのように純粋培養すべきという話ではないです。幼いうちから人権教育と性教育をしっかり為して、相手を「性的コンテンツ」とみなす前に「一人の人間」として尊重することを知り、男女の体の仕組みの違いを知り、性行為の楽しみだけでなくリスクを知り、フィクションと現実は違うということを知り、そういったことを全てちゃんとわきまえたうえで、そこからアダルトコンテンツを楽しむ権利を与えるべきだと思いますね。